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口腔顔面痛(原因不明の歯痛、顔の痛み、顎関節症)に慶應義塾大学での永年の経験と米国口腔顔面痛専門医資格を持つ和嶋浩一が対応します

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2024年4月の記事:ブログページ

歯痛でも中枢神経系が関与

慢性痛の基準である3ヶ月以上症状が続いている、これは一般歯科では多くないですが、TMD、口腔顔面痛では珍しくないことです。
従来の痛み治療は急性痛を前提としていて、特に歯科ではイケイケで痛いところに原因があるからそれに向かって進むというものでした、ところが慢性痛は違います。例外的に原因、病態が診断されていなかったために症状が続いているという例もあります。これは本来の慢性痛ではありません。
慢性痛例で思い知らされることは、歯が痛い、と言う症例に確実に局所麻酔をして、局所の感覚は消えたにもかかわらず、感じていた痛みの周辺部の痛みは消えたが中心部にジワーとして痛みが残っているという現象、要するに中枢要因が関連しているということです。一本の歯の痛みでもこのような事が観られ、歯の痛みが中枢神経系とつながり、痛みを感じる中枢が何らか変化している、末梢に向けて治療するだけでは直らないんだと改めて思い知らされることがあります。
典型例は、咬筋の筋・筋膜疼痛で下顎大臼歯部に持続痛がでて、歯科で抜髄、根管処置終了後も痛みは治らない、その後に当院受診。 抜髄歯には持続痛と打診痛があり、歯肉にはallodynia、咬筋のトリガーポイントを圧すと痛みが再現、FamiliarPainです。そこで当該歯に診断的局所麻酔、オトガイが鈍麻している程麻酔は効いていて打診痛が消えるが、持続痛は50%減のみで50%は残っている。このような症例では最初からトリプタノール、プレガバリン等で薬物療法を併用することもあります。筋・筋膜疼痛として治療して、持続痛、歯肉のallodyniaは消失したが打診痛は消えない例が一番難治です。上記のトリプタノール、プレガバリンの内服にはステントを使った局所外用薬物療法を併用します。総力戦ですが、難治です。これが一番大変な症例です。
出来れば抜髄等せずに、頑固な歯の痛みで来院してもらっていれば筋・筋膜疼痛の治療ですっきり治り、歯の打診痛で患者さんも私も苦しむ事が無かったのにと、思ってしまいます。
 
2024年04月29日 15:39

4月新年度前期の予定

東京はサクラが散って、連日25度近い気温です。
クリニックの向かいにある鹿島ではすがすがさが感じられる新入社員が研修のためにまとまって移動していて、4月だなと感じられます。
4月、いくつかの出来事がありました。
今週デンタルダイヤモンドの担当の方と会って、2023-2024年の二年間、皆さんにご協力頂き、月刊ダイヤモンドに連載した「症例に学ぶ診断マスターへの道」を成書にしたいと言うことで、相談し、8月までに編集し直し9月1日発行と言う事になりました。症例の順番を少し入れ替える程度で、それほど手間は掛からないようです。令和4年の医学、歯学モデルコアカリキュラム改訂で、新たに臨床推論が教育項目に取り入れられました。ところが、ちゃんとした教科書はない状況で、各大学の講義担当者は困っている状況です。教育シラバスを作るのに参考になる内容も加えて発刊できれば良いなと思っています。
もう一つは、6月に久し振りにPhilippines、インドネシアに出かけることになり、セミナープログラムを考えて、昔の講演スライドを探したり、新たなスライド作ったりしています。英語のスライド作りながら、コロナ以来ちゃんと英語しゃべっていないし、ちゃんと話せるのかなと不安が浮かんでいました。その不安が拡がったのかどうか、先週から立て続けに英語しかしゃべれない初診患者さんが2人来て、しばらく英語の練習をしてもらうことになりました。笑ってしまいました。

臨床においては、急性痛治療体制から慢性痛治療体制への意識改革です。私のところを受診する患者さんのほとんどは、病歴3ヶ月以上で慢性痛です。その中で、適切な治療を受けていないために慢性化しているものはちゃんと治療すると改善します。ところが、訴える痛みに相応する身体的異常、治療すべき病態がはっきりしない、あるいは無いという状況があります。この場合には、従来の歯科治療のようにどんどん治療を進めれば改善するのかというと全く的外れです。認知行動療法を柱とする心身医学的対応が必要と言われています。ここで壁が見えます、削る、詰める、被せる、入れると言った従来の歯科治療から心身医学的対応に切り替えられるのか。かなり先進的なプログラムを企画してきたAAOP(米国口腔顔面痛学会)の今年のプログラムを見ても痛覚変調性疼痛とか認知行動療法、心身医学的対応などは見つかりません。否定的ではないでしょうが、切り替えは難しいのだと思います。今後どうやって口腔顔面痛の臨床を心身医学的対応に展開して行くべきか、いよいよ切り替えが迫って来ていると思っています。
2024年04月21日 19:47

顎関節症の本態は身体心理社会モデル

ここ10年、顎関節症の原因が咬合ではなく、心身医学的問題である事が強調され、少しずつ受け入れられてきています。しかし、世界中で咬合が一番大事なんだと、顎関節症の治療のために咬合を変える治療をしている方々もいます。日本各地で顎関節症の治療で有名と言われる方は、大体、咬合治療をしている様です。
以前に、「痛みは脳の中」という巻頭言を紹介したように、痛みは末梢の痛みを感じているところに問題があるのではなく、中枢神経系の問題である事が判って来ています。特に慢性疼痛では中枢神経系が痛みを感じ、さらに心理的要因が大きく影響していると言われています。
ここで紹介する論文は、かつては顎関節症の原因は咬合だと強調していた学会(American Equilibration Society)の機関誌の巻頭言を訳したものです。こんなに変わったんだとびっくりしました。少し長いですが読んでみてください。
CRANIO® The Journal of Craniomandibular & Sleep Practice 8 Mar 2024
Editorial The painful mind  Sanjivan Kandasamy


顎関節症の治療は、ほぼ1世紀にわたって、多くの論争、議論、さまざまな意見が交わされてきた。その論争は、診断だけでなく、病因や適切な治療にも及んでいる[引用文献1]。さらに最近では、睡眠呼吸障害(SDB)が、独自の論争を展開する別の話題となっており、歯科、医療、および関連保健の専門家が、これらの状態の多くの側面について異なる意見を持つに至っている[引用2,引用3]。
睡眠と痛みが双方向の関係にあることを認めることには、ほとんど異論はない。しかし、論争の多くは、顎関節症の病因に関するこれまでの逸話的で根拠のない信念が、現在ではSDBでも同じであり、したがってSDBの管理の多くは、これまでの顎関節症と同じであるという仮定に関連している。
 このような根拠のない病因論的主張は、歯列および骨格の不正咬合の存在、遠心関係の不一致、犬歯の保護咬合の欠如、ブラキシズム、上顎および下顎の後退、狭い上顎、口呼吸、口唇、舌および頭蓋頸部の姿勢の異常など、ほんの数例を挙げるだけでも多岐にわたる[引用1-3]。その結果、多くの臨床家は、顎関節症および/またはSDBに対処するためには、主にこれらの原因の1つまたは複数を取り除く方向に治療を向ける必要があると考えている。
 1970年代のプラセボ試験 [引用文献4-7] や、最近では OPPERA (Orofacial Pain: Prospective Evaluation and Risk Assessment) 試験 [引用文献8-11] と呼ばれる大規模な臨床研究など、エビデンスに基づく文献の登場により、顎関節症治療の焦点は、粗雑な歯科的・機械的モデルから、生物心理社会的モデルへと徐々に移行している。偽薬、非閉塞性口腔器具、模擬平衡などのプラセボ顎関節症治療が、生物学的・行動学的に好ましい反応を示したことから、複雑な心と体の相互関係の存在が理解されるようになった。
やがて、専門家の大半は、顎関節症患者を管理するためのより保存的で可逆的な治療法へと進んでいった。さらに、痛みの調節に関するHenry Beecherの初期の観察[引用12]、MelzackとWallの痛みのゲートコントロール理論[引用13]、痛みの神経マトリックス[引用14,引用15]の概念、プラセボの有効性などの結果、医療と歯科の専門家は、痛みのコントロールの中枢調節またはトップダウンの経路が、痛みの経験を管理するための非常に効果的な本質的メカニズムであることを最終的に受け入れ始めました。
私たちは今日、痛みがどのように処理され、知覚されるかについて、より多くのことを知っている。
また、痛みの慢性化や中枢性感作、顎関節症に対する併存疾患の影響、顎関節症になりやすい人の特徴なども、よりよく理解できるようになった。
 
急性疼痛モデルであれ慢性疼痛モデルであれ、痛みの経験や知覚は認知的・感情的要因に大きく影響される。
この論説は顎関節症そのものに関するものではないが、多くの臨床医が患者の痛み体験の認知的・感情的側面を重視せず、あるいは関与していないことについてのものである。
もし私たちの思考が私たちの感情(そしてやがて私たちの行動)に影響を与えるのであれば、私たちは長い時間をかけて信念体系を構築し、それが最終的に私たちの考え方や日々の対処法に影響を与えることになる。
怒り、不安、恐怖、悲しみなどの否定的な感情とともに、破局視、自分の状況の異常な解釈や意味づけを含む認知の歪みは、人が痛みをどのように受け止め、どのように対処するかに影響を及ぼす重要な役割を担っている [引用16-23]。
多くの臨床医が、スクリーニングのための質問票や/あるいはチェアサイドでのディスカッションという形で、患者の心理的健康について考慮することはあっても、患者が心理的障壁を克服したり、通常の最低限を超えて認知的・感情的にうまく対処できるように手助けしたりするために、実際に患者と一緒に時間を費やしている人はどれほどいるだろうか?
顎関節症の診断や対処法について、エビデンスに基づかない主張を今後もずっと続けていくことになりそうだが、患者の痛みの発生、悪化、持続における心理的要因の役割について、エビデンスに基づいて確立されたことにもっと時間を費やし、日々の臨床に反映させることができるのではないだろうか。 私たちは皆、専門の心理学者や精神科医ではないので、患者の心理的な健康をよりよく管理できるように紹介することは重要だが、これもあまり行われていない。しかし、もし患者が認知的にも感情的にも "トップダウン "で痛み体験をうまく調整できるように手助けをすれば、スプリントを入れたり、錠剤を処方したりする以上に、治療成績がどれほど大きく向上するか想像してみてほしい。さらに良いのは、これらの根本的な影響因子について患者を特定し教育し、認知行動療法(CBT)、リフレーミング、マインドフルネス、リラクゼーション、潜在的にネガティブな行動への気づきなどのスキルを教えれば、患者が自分の痛み体験を管理しやすくなるだけでなく、将来的に苦痛やトラウマを伴う状況に対処しやすくなる可能性がある。 本誌がエビデンスに基づく歯科医療と医学の新たな章に突入する今こそ、エビデンスに基づく心理学的方法を取り入れ、通常の治療を補うことで、治療結果を大幅に改善し、患者が将来痛みと上手に闘う力をつける好機である。私たちは皆、患者さんの辛い心を癒す手助けをすることで、より良い結果を得ることができるのです。
 
 
 
 

 
2024年04月14日 10:23

典型的な顎関節症の症例を解説します

口腔顔面痛、顎関節症の痛み診療の第一歩は患者さんの訴えている痛みの部位、原因を探ることです。口腔顔面痛で最初に勉強すべき非歯原性歯痛は歯が痛いが、原因は別なところにあるという異所性疼痛の典型です。当然のことですが、歯とは別な部位にある原疾患を正しく見つけ出すことが第一歩です。顎関節症の痛みは関節か咀嚼筋かのどちらかで、ほとんどの例で「ここが痛いですね、これがあなたの訴えるいつもの痛みですか、そうです、そこの痛みです」と確認する事が出来ます。これが顎関節症の診査、診断の第一歩です。
最近診た典型的な症例を紹介します。
症例:60歳女性、内科医師 右側顎関節の痛み、開口障害と開口時下顎の右側偏位
現病歴:半年前に、突然の開口障害と顎運動時の右側顎関節部の痛みが生じ、知り合いに顎関節治療で有名な歯科があるとのことで、少し遠いところであったが通院を続けていた。治療は夜間は重合レジンの全歯接触型のスプリント装着、上顎左側に入っていたセラミックを外してレジン製の暫間クラウンを装着し、2週毎に咬合を高くしたり、低くしたりの調整。初診時に比べると痛みの種類が変わり、顎運動時の痛みはいくらか弱くなったが、持続痛があるとのこと。この数ヶ月は治療にも関わらず、症状に変化が無くなったところで、これで終了と打ち切られたと言うことであった。
当クリニック初診時診査結果:右側下顎頭滑走制限、牽引圧迫誘発テスト痛みなし、右側咬筋、側頭筋の肥大+ 硬結+ 圧痛+、患者の訴える持続痛は咬筋の痛みであった。 
歯ぎしり+(左右茎状突起圧痛+)、くいしばり+(自覚あり、頬粘膜歯の圧痕+)、Hypermobilityあり、睡眠障害あり、起床時くいしばりの自覚あり、書類記載時のかみしめの自覚あり。
既往歴:20歳代から左右顎関節のクリックが気になっていた。以前に開口障害が生じたことあり、40歳代に矯正治療を受けてから開口障害は起こっていなかった。
診断:半年前の突然の開口障害と顎運動時の右側顎関節部の痛みは右側顎関節の非復位性円板転位による開口障害と関節滑膜炎による運動時痛であった。半年の経過中に滑膜炎は改善したが、非復位性円板転位による下顎頭の滑走障害がつづき、開口障害と開口時右側偏位が続いている。
原因推定:体質的なHypermobilityに歯ぎしりが加わったことによって生じた両側関節円板転位、これは20歳代に発症し、今も転位のまま。途中で復位性円板転位から非復位性になりクローズドロックによる開口障害生じていた。記憶による矯正前は左側の関節痛であった。
顔貌、口角のズレ等から推定すると、元々は左側偏咀嚼であるが、現在の患側は右側である。歯ぎしり、くいしばり等は左右均等に負荷が掛かり、プラスアルファーの負荷である偏咀嚼が症状側を決めるので、現在の咀嚼側は右側のはず。40歳代の矯正以来、嚙み癖が左側から右側に変わったようである。何故かというと下顎側方運動時の犬歯の側方ガイドが急角度過ぎて、左側咀嚼の顎位をとってもらうと犬歯のみが接触して臼歯部がすぐに完全に離解しています。これでは左側で咀嚼出来ません。一方、右側咀嚼の顎位では犬歯のガイドに適度な遊びがあり、その間、臼歯部の接触が保たれ、その後に離解する。つまり、右側では咀嚼出来るが左側では咀嚼出来ない状況になっていた。矯正によって出来てしまった側方運動時の臼歯の離解の差によって、右側偏咀嚼が続いていると思われた。
治療方針、患者への指導:上記の診断、推定原因を患者に説明し、右側咬筋への負担を軽減し、咬筋痛改善のために、左側咀嚼を心がけてもらう、開口ストレッチアシストブロックを用いて右側偏位しない30mm程度の開口ストレッチを30-60秒、1日3回(朝、昼、夕)を実施してもらう。右側下顎頭の滑走障害改善のために、開口練習ではなく単純に左側側方運動をしてもらう(右側下顎頭に触って、動くことを確認しながら、滑走量が増えるように左側側方運動をしてもらう)ことを指導した。
ここで、発症要因について、発症前後に生活状況で普段と変わったことがなかったかを質問した。上記の病態の診査診断、および原因の推定に納得したようで自身のプライベートな事も話し始め、父親が無くなり、遺産相続のトラブルがあったこと、留学中の息子さんが戻ってきたことなど、また、自身の仕事に関するストレス等を話してくれた。どうも、これらのストレスが睡眠障害を来し、歯ぎしり、くいしばりを増悪して発症したものと考えられた。
今後、治療経過を報告する予定です。
 
2024年04月03日 19:46