典型的な顎関節症の症例を解説します
口腔顔面痛、顎関節症の痛み診療の第一歩は患者さんの訴えている痛みの部位、原因を探ることです。口腔顔面痛で最初に勉強すべき非歯原性歯痛は歯が痛いが、原因は別なところにあるという異所性疼痛の典型です。当然のことですが、歯とは別な部位にある原疾患を正しく見つけ出すことが第一歩です。顎関節症の痛みは関節か咀嚼筋かのどちらかで、ほとんどの例で「ここが痛いですね、これがあなたの訴えるいつもの痛みですか、そうです、そこの痛みです」と確認する事が出来ます。これが顎関節症の診査、診断の第一歩です。最近診た典型的な症例を紹介します。
症例:60歳女性、内科医師 右側顎関節の痛み、開口障害と開口時下顎の右側偏位
現病歴:半年前に、突然の開口障害と顎運動時の右側顎関節部の痛みが生じ、知り合いに顎関節治療で有名な歯科があるとのことで、少し遠いところであったが通院を続けていた。治療は夜間は重合レジンの全歯接触型のスプリント装着、上顎左側に入っていたセラミックを外してレジン製の暫間クラウンを装着し、2週毎に咬合を高くしたり、低くしたりの調整。初診時に比べると痛みの種類が変わり、顎運動時の痛みはいくらか弱くなったが、持続痛があるとのこと。この数ヶ月は治療にも関わらず、症状に変化が無くなったところで、これで終了と打ち切られたと言うことであった。
当クリニック初診時診査結果:右側下顎頭滑走制限、牽引圧迫誘発テスト痛みなし、右側咬筋、側頭筋の肥大+ 硬結+ 圧痛+、患者の訴える持続痛は咬筋の痛みであった。
歯ぎしり+(左右茎状突起圧痛+)、くいしばり+(自覚あり、頬粘膜歯の圧痕+)、Hypermobilityあり、睡眠障害あり、起床時くいしばりの自覚あり、書類記載時のかみしめの自覚あり。
既往歴:20歳代から左右顎関節のクリックが気になっていた。以前に開口障害が生じたことあり、40歳代に矯正治療を受けてから開口障害は起こっていなかった。
診断:半年前の突然の開口障害と顎運動時の右側顎関節部の痛みは右側顎関節の非復位性円板転位による開口障害と関節滑膜炎による運動時痛であった。半年の経過中に滑膜炎は改善したが、非復位性円板転位による下顎頭の滑走障害がつづき、開口障害と開口時右側偏位が続いている。
原因推定:体質的なHypermobilityに歯ぎしりが加わったことによって生じた両側関節円板転位、これは20歳代に発症し、今も転位のまま。途中で復位性円板転位から非復位性になりクローズドロックによる開口障害生じていた。記憶による矯正前は左側の関節痛であった。
顔貌、口角のズレ等から推定すると、元々は左側偏咀嚼であるが、現在の患側は右側である。歯ぎしり、くいしばり等は左右均等に負荷が掛かり、プラスアルファーの負荷である偏咀嚼が症状側を決めるので、現在の咀嚼側は右側のはず。40歳代の矯正以来、嚙み癖が左側から右側に変わったようである。何故かというと下顎側方運動時の犬歯の側方ガイドが急角度過ぎて、左側咀嚼の顎位をとってもらうと犬歯のみが接触して臼歯部がすぐに完全に離解しています。これでは左側で咀嚼出来ません。一方、右側咀嚼の顎位では犬歯のガイドに適度な遊びがあり、その間、臼歯部の接触が保たれ、その後に離解する。つまり、右側では咀嚼出来るが左側では咀嚼出来ない状況になっていた。矯正によって出来てしまった側方運動時の臼歯の離解の差によって、右側偏咀嚼が続いていると思われた。
治療方針、患者への指導:上記の診断、推定原因を患者に説明し、右側咬筋への負担を軽減し、咬筋痛改善のために、左側咀嚼を心がけてもらう、開口ストレッチアシストブロックを用いて右側偏位しない30mm程度の開口ストレッチを30-60秒、1日3回(朝、昼、夕)を実施してもらう。右側下顎頭の滑走障害改善のために、開口練習ではなく単純に左側側方運動をしてもらう(右側下顎頭に触って、動くことを確認しながら、滑走量が増えるように左側側方運動をしてもらう)ことを指導した。
ここで、発症要因について、発症前後に生活状況で普段と変わったことがなかったかを質問した。上記の病態の診査診断、および原因の推定に納得したようで自身のプライベートな事も話し始め、父親が無くなり、遺産相続のトラブルがあったこと、留学中の息子さんが戻ってきたことなど、また、自身の仕事に関するストレス等を話してくれた。どうも、これらのストレスが睡眠障害を来し、歯ぎしり、くいしばりを増悪して発症したものと考えられた。
今後、治療経過を報告する予定です。
2024年04月03日 19:46