神経障害性疼痛とは
神経障害性疼痛は筋・筋膜疼痛についで多い病態です。従来の歯科にはなかった概念のため理解されていないことが多い。抜歯,手術などによって神経が損傷されたり,帯状疱疹のウイルス感染により神経に炎症が生じたり,その他に様々な神経を傷害する原因によって生ずる.神経が障害されることにより陰性症状として,知覚低下が生ずる。一方,神経が障害されることにより陽性症状として、感覚が過敏になって,本来は痛みが生じない様な弱い刺激でも痛みが生ずる様になったり(allodynia),痛み反応が強まったり(hyperalgesia),反応する部分が拡大したり(wide spread)して,痛みや,違和感が自発性に生じたり,誘発されやすい状況になります.診査として知覚検査により知覚鈍麻の陰性症状と allodynia,dysesthesia,paresthesia などの陽性症状の有無を調べます.
神経障害性歯痛は、大きく二つに分けられます。
1.三叉神経痛による痛み(発作性のチックンとした痛み)
顔や口の中の突発的に起こる瞬間的な激しい痛み。電気が走り抜けるような,刺されるような痛み。痛みのあまりうずくまる。特徴的な症状から診断は簡単だと思われますが、患者さんは、「歯の痛み」だと自覚するため、最初に歯科を受診します。そして、誤って、抜髄・抜歯が行われることが多い疾患です。診断は簡単だという先生もおられますが、経験を積んでも難しく、判断に迷うケースも少なくなく、実際に患者さんがいくつもの医療機関を回ることもあります。特に、脳神経外科で三叉神経痛ではないといわれた患者さんが、実は歯髄炎という最強の歯痛を発しているケースもあり、口の中に限局して痛みが出る患者さんは、ペインクリニック専門医も診断に苦慮します。脳神経外科・神経内科・ペインクリニックとうまく連携をとり、注意深く患者さんといっしょに診断をつける努力が実を結ぶことが少なくありません。
2.持続性(常にジワジワ、ジリーとした痛み)
顔や口の中の、1日中続く痛み。ピリピル、ヒリヒリ、ジンジン、・ジワジワ・ズキンズキンなどでと表現されることが多いです。
①帯状ほう疹や帯状ほう疹の後遺症による歯痛や顔の痛み
帯状ほう疹とは、水ぼうそうウイルスによるもの感染です。水疱が出来なかったり、口の中で口中炎と思っていることもあり症状がはっきりしない帯状ほう疹の場合、診断に苦慮します。
口の中に、一週間くらい続いた非常に痛い大きな口内炎があったことをできたことが後になってから患者さんが思い出し、診断に結びつくこともあります。
②インプラントや親しらずの抜歯後など、歯科治療後に長引く口の中や顔の痛み
歯の神経親知らずを抜いた後,通常1週間程度で痛みや違和感はとれますが,場合により痛みが長引くことがあります.抜歯で傷ついた神経が過敏になり、正常な痛みの情報を伝達することができず,歯や歯肉を軽くさわっただけでも「ピリピリ,ビリビリ,ジンジン」とした痛みを誘発します.これを外傷性神経障害性疼痛による歯痛といいます.神経を抜いたり、歯肉の切開した部分にも生ずることがあります。歯や歯肉の神経の傷ついた部位から痛みの異常信号が脳に伝わり,この異常な痛みが生じることがあります.アゴや顔まで痛みが広がるケースもあります。
3.舌痛症 口腔灼熱症候群(Burning Mouth Syndrome:BMS)とは
口腔灼熱症候群(BMS)は、
舌や唇、口の中全体に焼けるような痛みを感じる病気です。
日本では舌に症状が出ることが多く、「舌痛症」と呼ばれることもあります。
誰にでも起こる可能性がありますが、
特に閉経後の女性に多く見られます。
見た目に傷や腫れがないため、原因不明のまま長期間悩む方も少なくありません。
完全に治す方法はまだ確立されていませんが、
治療によって痛みを軽くすることは可能です。
どんな症状が出るの?
BMSの典型的な症状は、名前の通り「
焼けるような熱感(灼熱感)」です。
「舌がジーンと熱い」「ヒリヒリ・ピリピリする」「コーヒーでやけどしたような感じ」と表現されます。
しかし、
見た目には異常がなく、傷や腫れ、色の変化などは見られません。
多くの人では、
- 朝起きた直後は症状が軽く、
- 午前中から昼にかけて強くなり、
- 食事中や睡眠中には一時的に楽になる、
といったリズムがあります。
また、次のような症状を伴うこともあります:
- 口の中が苦い・金属のような味がする
- 唾液は出ているのに「口が乾いている」ように感じる
- しびれ感を伴う
- 症状が続くと気分が落ち込み、不安を感じる
原因と分類の考え方
BMSには、
かつて一次性と二次性という分類がありました。
- 一次性BMS:検査をしても原因が見つからないもの
- 二次性BMS:ビタミン不足、糖尿病、薬の副作用など、他の原因によって起こるもの
しかし、現在の国際分類(ICOP 2020)では考え方が整理され、
明確な原因が特定された場合は「BMS」とは呼ばず、
それぞれ「原因による灼熱感」として区別します。
つまり、「BMS」とは現在、
原因が特定できない灼熱感を指します。
なりやすい人・関係する要因
BMSは特に次のような方に多く見られます。
- 50歳以上の女性(閉経期・閉経後)
→ エストロゲン低下により味覚神経の感度が変化します。
- 歯ぎしり・食いしばりの癖がある方
- 逆流性食道炎のある方
- 糖尿病・シェーグレン症候群などの全身疾患がある方
- 鉄・亜鉛・ビタミンB6・B12などの栄養不足
- 長期服薬中(抗うつ薬・降圧薬など)
- 過去の歯科治療後から症状が出た方
- 精神的ストレス・不安・うつ状態を抱えている方
これらの要因が複雑に関係して、
舌や口腔の神経が過敏化し、
痛みや灼熱感を感じるようになると考えられています。
診断の流れ
まずは
歯科医院での診察が第一歩です。
見た目の異常や歯科的な病変がないかを確認し、必要に応じて
専門医に紹介されます。
専門医では、次のような検査を行うことがあります。
- 血液検査(貧血・糖尿病・ビタミン不足など)
- アレルギー検査(食物・薬・金属など)
- 唾液量の測定
- 口腔スワブ検査(カンジダなどの感染確認)
- 組織検査(まれに行う)
これらの結果に明らかな原因が見つからなければ、**口腔灼熱症候群(BMS)**と診断されます。
治療法について
BMSの原因は複数の要素が関係するため、
個人差に応じた治療が必要です。
米国FDAで承認された特効薬はありませんが、いくつかの薬剤や方法が有効とされています。
薬物療法
- **クロナゼパム(抗不安薬)**の含嗽または少量内服
- **アミトリプチリン(トリプタノール)**などの抗うつ薬を少量使用
- プレガバリン、ガバペンチンなどの神経過敏抑制薬を用いる場合もあります。
これらは痛みの感じ方を抑える
神経調整薬として使用されます。
補助的治療・生活指導
- ストレス緩和、睡眠の改善
- 軽い運動やリラクゼーション
- 栄養補給(鉄・ビタミンB群・亜鉛など)
- 認知行動療法(CBT)や心理的サポート
自宅でできる痛み緩和の工夫
症状を軽くするために、次の方法を試してみましょう。
- シュガーフリーガムや飴で唾液を促す
- 冷たい水や氷を口に含む
- 香辛料・酸味・熱い飲食物・アルコールを控える
- アルコール入りマウスウォッシュを避ける
- 禁煙・電子タバコの使用中止
これらは病気を“治す”方法ではありませんが、
一時的な痛みの軽減に役立ちます。
治療期間と経過
BMSは慢性化しやすく、治療せずに放置すると
数か月〜数年続くことがあります。
適切な治療により、
数週間〜数か月で症状が軽くなるケースもあります。
焦らずに医師や歯科医と連携し、
「症状をゼロにする」ではなく「生活を取り戻す」ことを目標に治療を続けることが大切です。
予防と再発予防
現時点で
完全な予防法はありませんが、
次の点に注意することで再発のリスクを減らすことができます。
- アルコール・カフェインのとり過ぎを控える
- 熱すぎる・辛すぎる・酸っぱい食品を避ける
- バランスの取れた食事でビタミン・鉄・亜鉛を補う
- 睡眠不足・ストレスを溜めない生活を心がける
著者からのアドバイス
口の中が焼けるように痛いと、何も手につかなくなるほどつらいものです。
口腔灼熱症候群(BMS)は、
見えない痛みであり、治療にも時間がかかります。
しかし、正しい理解と根気ある治療で、
症状を和らげることは必ず可能です。
「もしかしてBMSかもしれない」と思ったら、まず歯科を受診してください。
そして、
あなたの痛みを信じてくれる医師・歯科医師に相談しましょう。
痛みを分かち合いながら治療を続けることが、回復への第一歩です。