口腔顔面痛の診断には筋触診が大事です-2
先日来院した患者さんを紹介します。
ある日突然、食事中に下顎右側大臼歯部にビキッと瞬間的に激痛が生ずる様になった。主治医A医院を受診し、検査を受けたがう蝕、歯の破折、歯周病など痛みの原因になるものは見つからなかった。かみ合わせがきついからだろうということで咬合調整がされたが改善しなかった。その後、右側で硬いものをかみ締めた時に痛みが出ることが判り、B医院に転院しCTを撮り、いろいろ調べたが異常は見つからず、歯ぎしりが強いということでマウスピースを使う事になった。C医院を受診したところ咬筋へのボトックス注射が行われ、咬む力が弱くなった感じがあったが痛みに変化はなかった。D大学病院を受診し、この歯が原因だろうということで下顎右側6の抜髄・根充が行われ、現在暫間的にレジンで埋めてある。食事の際に、軟らかいアサリを強く咬んだ時に砂が混じっていて、激痛が生じた。痛みは三日間続き、その間、冷過敏も感じられた。
最初に痛みが出てから3年経過、いろいろな治療を受けたが症状は全く変わっていない。
解釈モデル(患者さんが自分の痛みをどう思っているか)と認知行動療法的評価
- 歯ぎしり、くいしばりが原因なのか(認知)
- 無駄に神経抜かれて悲しい(感情)
- こんなに痛いのに、なぜ誰も治せないのか(感情)
- 何カ所も行ったのにそれぞれ言うことが違う(行動、感情)
- 来年には米国転勤が予定されている、その前に治したい(感情)
診査結果
- 右側上下顎、打診痛なし
- 下顎右側大臼歯は無髄歯
- 歯周疾患なし この段階で歯原性は否定的
- 感覚検査 下顎右側歯肉にParesthesia 他領域は異常なし
- トリガーゾーンなし、三叉神経痛否定的
- 顎関節診査: 左右の顎関節に無痛性クリック、下顎頭牽引圧迫誘発テスト:痛みなし 顎関節痛は否定的
- 筋触診:左右咬筋肥大、右側咬筋の中央部は萎縮傾向であるが下部(停止部)に索状硬結多数あって、強い圧痛、かみしめ時にその部分が盛り上がる。歯への関連痛はなし。
診断:右側咬筋局所筋痛
治療:セルフケア指導、前歯型スプリント、右側咬筋索状硬結部に超音波照射、トリガーポイントプレッシャーリリースによって、かみしめ時の痛み消失。
本症例はかみしめ時の激痛という歯冠破折やう蝕などの歯原性が疑われるが、A、B、C医院では歯原性を否定して不可逆的処置はしていなかった。それに反して、D大学では不可逆的な抜髄処置をしている、当然のこととして効果は無かった。かみしめたら歯に激痛が出るならば破折かう蝕だろうという代表的バイアスによる診断エラーということである。
C医院では患側咬筋のボトックスの注射をしているが効果は得られなかった、なぜか。ボトックス注射の一義的な目的は筋収縮を阻害して筋萎縮させて筋肥大を改善することである。そのため標準的な咬筋への注射部位は硬結部を狙うのではなく、筋の中央部である。筋萎縮の結果、二次的に筋痛が改善する可能性はあるが、ボトックス注射により必ずしも筋痛が改善する訳ではない。筋・筋膜疼痛へのトリガーポイントインジェクションでは注射液の種類にかかわらず、生食水でも確実にトリガーポイントを狙って注射をすることにより効果が得られる。ボトックス注射により咬筋は全体的に萎縮しているが、下部(起始部)にはしっかり硬結が残って、収縮時に強い痛みが続いているという訳です。
本症例での一番の問題点は、これまで診察した全ての歯科医師が筋触診をしっかりやっていなかったことです。
筋触診がしっかり出来ないと口腔顔面痛診断に大きな穴が開いて仕舞います。
2023年05月13日 18:00